ボルボ 850は、1991年にデビューしたミッドサイズのプレミアムセダン／ワゴンで、ボルボの歴史において極めて重要な転換点となったモデルです。それまでの縦置きFRレイアウトから一転して、横置きFF（前輪駆動）レイアウトを採用し、近代的なプラットフォーム設計、安全性能の進化、そして革新的な技術を数多く盛り込んだこのモデルは、ボルボの新時代を切り開く先駆けとなりました。

エクステリアデザインは、当時のボルボらしい直線基調を維持しながら、エアロダイナミクスを意識したやや丸みを帯びたシルエットに進化。どっしりとしたスクエアな印象の中に、品の良さと堅牢さが共存し、見る人に安心感を与える造形となっています。特にワゴンボディは、その美しい箱型フォルムと使い勝手の良さから、今なおボルボらしさの象徴として語られる存在です。

インテリアは、北欧らしい機能的かつシンプルなデザインに加え、抜群のシート形状と高い快適性を備えています。人間工学に基づいたシート設計は、長距離ドライブでも疲れにくく、視界や操作性も優れており、ユーザー本位の設計思想が細部にまで行き届いています。

パワートレインは、ボルボ初の横置き直列5気筒エンジンを採用し、自然吸気およびターボモデルが用意されました。中でも1995年に登場した「850 T-5R」は、ターボエンジンと専用チューニングにより225馬力を発揮し、0-100km/h加速を7秒前後でこなす高性能モデルとして注目を集めました。また、翌年には本格的な高性能バージョン「850R」も加わり、ボルボのパフォーマンスモデルの礎となりました。

このT-5RとRの登場により、従来「堅実で安全なクルマ」のイメージが強かったボルボに、「走りを楽しめるクルマ」という新たな魅力が加わり、ブランドの幅が大きく広がるきっかけとなりました。特に850 T-5Rは、BTCC（イギリスツーリングカー選手権）にステーションワゴンボディで参戦したことで大きな話題を呼び、世界中のカーファンに鮮烈な印象を残しました。

安全性能も当時としては非常に高く、SIPS（側面衝突保護システム）や、WHIPS（むち打ち防止機構）、3点式シートベルトの全席標準装備など、乗員を守る工夫が数多く盛り込まれていました。これらの装備は後のボルボ車にも継承され、ボルボ＝安全というブランドイメージの強化につながっています。

850は、ボルボの技術革新とブランド進化の起点ともいえるモデルです。それまでの重厚なFRボルボに代わり、現代的で軽快な乗り味と高い居住性、安全性を実現したこのモデルは、のちのS70／V70シリーズへと進化しながら、多くのユーザーの信頼を獲得し続けました。